どうぶつの森みたいな人生に憧れた
朝から雨。
昨日から大雨になることは天気予報を見て知っていたので、予想外というわけもないが、やっぱり雨だと気分が上がらない。
朝起きても調子は出ないし、ご飯を食べても調子が出ない。
やることといえば、窓の外を見て、「あ、まだ降ってるな」と確認するぐらい。
夕方になって、「あ〜1日を無駄にしてしまった。明日こそは良い1日を送ろう」と決意するだけだ。
こうやってダラダラ過ごすと自己嫌悪になる。悪いことをした訳ではないのに謎の罪悪感が生まれる。
やらなきゃいけないことは特にないけど、人生が停滞している気がして焦りを覚える。
そもそも人生が停滞してるってなんだろう。停滞してるも進んでいるもないはずなのに、なんでそう思ってしまうのだろう。
色々考えてみたが、おそらく世界の捉え方に原因があるのだと思う。
具体的には、バトルロイヤルのゲームみたいに最後の1人になるまで戦い続けないといけない世界と捉えているのが原因だ。
「序盤なのに何も武器拾ってないけど!お金も全然ないんだけど!この先の世界生き残れるのか!?」
みたいな焦り。
だから限られた時間の中で、何もしていないと不安を覚える。
「このままいったらめちゃくちゃ強い武器持った敵に殺されてしまうぞ。生きていけるのか」という生存本能に起因する不安。
それこそどうぶつの森みたいな世界観で生きいられたらどれだけ楽なんだろうと思う。
どうぶつの森をしっかりやったことがないので詳細はわからないが、
魚を釣って、虫を捕まえて、のほほんと生活していくものだと認識してる。
そこでは私がやっているバトルロイヤルのゲームみたいに、他のプレイヤーを倒すとか、逆に倒されるとかないのだろう。
倒される心配がないので別に時間を無駄にしていても気にしない。というか時間が無限にある状態を前提に進んでいく。
そういう感覚を持って生活していければ、この暇な1日も嫌悪感を持たずに生活できたのかもしれない。
実際そういう感覚の人も周りにいた。
休みの日に何していたのか聞くと「家でダラダラしてた」という答えが来る。
そしてそういう生活に満足感を覚えているらしい。そういう人を羨ましく思う時期もあった。
ただ最近になってもう今更この感覚から抜け出せないなとも思う。
思えば小学生の頃から、家にいることが嫌いだった。平日も学校から帰ってきたらすぐ遊びに出かけるし、土日も朝から晩まで野球をしていた。
家でクッキーを食べてのんびりしている女子たちの感覚を理解できなかった。
きっと生まれ持った性格だ。
今更この感覚は捨てられない。そう腹をくくったら、必死になって生きるだけだ。
よし、雨がやんだらランニングしてこよう。
いつもより多めに走ってやろう。
それで今日の罪悪感を消し去ってやる。より強い自分になるんだ。
なんだかんだこうやって生きている自分が好きなんだろう。
走っていても武装した敵は出てこないだろうが、今日も頑張ってこの世界を駆け抜けていく。