エッセイってなんだろう

金銭感覚がおかしくなってしまった社会人が、金銭感覚を取り戻すために奮闘する日記。を書いていたら文章を書くこと自体にはまってしまった。とりとめもない話ばかりだが、読んでいて楽しくなるような文章を書けたら。

インスタなんか下手でいい

インスタにはそこまでうまくもないような写真を載せている人もいる。

私もその一人だ。

ただ、そこで他人の写真を見て「この人上手だねえ」で終わる人と、その先に「あ、自分は上手くないんだ」と自覚して落ち込んでしまう人がいる。

自分はどちらかというと前者だ。

上手い写真を見ても、別のものだと認識して、これはこれと考えられる。

でもこの考え方が身についたのは割と最近な気がしてきた。

 


人間は誰でも比較してしまう生き物だ。

だから本屋の自己啓発コーナーに行くと必ず人と比べない方法を説いた本がズラーッと並んでいる。

小さい頃から競争の身に晒されてきた。

運動会の徒競走からはじまり、大学受験、そして就活。

生きるためにはこの競争を勝ち抜くしかないのだという強いプレッシャーを受けながら、なんとか今も生きている。

そういう世界に嫌気がさして、競争のないユートピアを夢見ることもあった。

そのくらい競争が身に染みてしまっているので、冒頭にもあったようにsnsをみて凹む人もいる。

いいねの数や、自分より人生を充実させている人を見て劣等感を抱く。

この気持ちはよくわかる。

誰だか知らない人のsnsを見て、自分の人生を比較したことがよくあった。

とくに学生のときはそうだった。

比較するときは相手のフィールド、つまりアウェーで戦わなくてはいけない。

だから必ず負けるし、それで劣等感が生まれる。

 

ただ最近になって分かったことがある。

この世の中にはフィールドは無限にある。

だから自分が一番輝けるフィールドもあるんだということ。

それが分かったから、他人と比較して負けてしまっても、気にしなくなった。

違うフィールドの自分を信じてあげられるので、「そこは負けてもいいよね」と思えるようになった。

ちなみにどこが自分のホームなのかはわかっていない。

それでもまだ見ぬホームグラウンドを信じられるようになった。

 


インスタをはじめて数年が経ったが、自分の考え方が変わってきたのを実感する。

多分使い方違うんだろうなと思いながらも自分であげた写真にいいねを押す。

考え方が変わっても、写真のうまさは変わるわけではない。

今日も今日とて、

いいね1。